インフルエンザと新型コロナは、肺をどう傷つけるのか?― 冬を迎える前に考えたい「3つのワクチン」―
10月から、インフルエンザや新型コロナのワクチン接種が始まります。
「インフルエンザも新型コロナも、結局は同じような呼吸器感染症なのでは?」
と思われる方もいらっしゃるかもしれません。
確かに、どちらも発熱、咳、倦怠感などを起こすウイルス感染症です。
しかし、気道や肺で起こっていることを詳しく見てみると、組織を傷つける場所や病態には特徴の違いがあります。
今回は少し医学的なお話になりますが、実際の研究をもとに、その違いを分かりやすく説明したいと思います。
私たちの肺は「線毛」に守られています
鼻から気管、気管支へと続く気道の表面には、「線毛」と呼ばれる非常に細かな構造があります。
気道の表面は粘液で覆われており、侵入してきた細菌やウイルス、ほこりなどを捕まえます。
そして線毛が一定方向に動くことによって、それらを喉の方向へ運び、肺の外へ排出しています。
これを「粘液線毛クリアランス」といいます。
いわば、肺を感染症から守っている「ベルトコンベア」のような仕組みです。
インフルエンザは気道の線毛上皮を強く傷つけます
ヒトの気管支上皮を実際の気道に近い状態で培養し、インフルエンザAウイルス、新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)、RSウイルスを感染させて比較した研究があります。
この研究では、インフルエンザAウイルスを感染させると、時間の経過とともに
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線毛が失われる
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気道上皮細胞が傷害される
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上皮細胞が剥がれ落ちる
-
上皮が薄くなる
といった変化が進行しました。
特に96時間後には、実験モデル上で気道上皮が著しく破壊されていました。
一方、同じ条件でSARS-CoV-2を感染させた気管支上皮では、インフルエンザほど著明な形態的破壊はみられませんでした。
つまりインフルエンザは、肺を守る最前線である「気道表面の線毛上皮」に非常に強い障害を起こす感染症であることが分かります。
だからインフルエンザの後には「細菌性肺炎」に注意が必要です
線毛上皮が傷つくと問題になるのは、インフルエンザそのものだけではありません。
線毛の動きが悪くなり、上皮のバリア機能や局所の抗菌防御も低下すると、気道に入ってきた細菌を排除しにくくなります。
その結果、
インフルエンザ感染
↓
線毛・気道上皮の障害
↓
粘液線毛クリアランスや局所防御機能の低下
↓
細菌を排除しにくくなる
↓
二次性細菌性肺炎
ということが起こります。
この二次性細菌性肺炎の原因として重要な細菌の一つが、肺炎球菌です。
インフルエンザからいったん回復しかけたところで再び発熱したり、咳や痰が増えたり、呼吸状態が悪化した場合には、このような二次性細菌感染も考える必要があります。
では、新型コロナは肺を傷つけないのでしょうか?
もちろん、そうではありません。
新型コロナには、インフルエンザとは異なる病態の特徴があります。
重症COVID-19で亡くなった患者さんの肺と、重症インフルエンザで亡くなった患者さんの肺を詳細に比較した有名な病理研究があります。
両者とも重症になると、肺胞が広範囲に障害される**「びまん性肺胞傷害(Diffuse Alveolar Damage:DAD)」**を起こし、ARDS(急性呼吸窮迫症候群)に至ることがあります。
その一方で、重症COVID-19の肺では、肺胞だけでなく、肺胞を取り囲んでいる非常に細い血管(肺毛細血管)にも特徴的な変化が認められました。
血管内皮の障害・炎症、微小血管障害、そして微小血栓などです。
肺は「空気」と「血液」が出会う場所です
肺胞は、空気を入れるためだけの袋ではありません。
肺胞のすぐ外側には非常に細い毛細血管が張り巡らされています。
肺胞に入ってきた酸素は、
肺胞 → 非常に薄い肺胞壁 → 毛細血管 → 血液
という経路を通って体内へ取り込まれます。
反対に、血液中の二酸化炭素は肺胞へ移動し、呼気として体外へ排出されます。
つまり、正常な呼吸には、「肺胞」と「毛細血管」の両方が正常であることが必要なのです。
重症COVID-19では「肺胞-毛細血管」の単位が障害されます
重症COVID-19では、肺胞内の炎症や浮腫に加えて、肺の微小血管にも内皮障害・炎症や微小血栓などが生じます。
その結果、肺胞と毛細血管との間のバリアが障害され、肺胞内に液体やフィブリンなどがたまり、酸素が血液へ移動しにくくなります。
重症化すると、これがARDSにつながることがあります。
「肺に水がたまる」という点では心不全による肺水腫と似て見えることがありますが、仕組みは異なります。
心不全では主に肺毛細血管内の圧力上昇によって水分が漏れ出します。
一方、ARDSでは強い炎症によって肺胞-毛細血管のバリアそのものが障害され、透過性が亢進することが重要です。
循環器を専門としている立場から見ると、この違いは非常に興味深いところでもあります。
インフルエンザと新型コロナ――肺の傷害には特徴の違いがあります
ここまでを模式的にまとめたのが、下の図です。
インフルエンザでは、気道の線毛上皮に強い障害を起こし、肺の防御機能を低下させることが特徴の一つです。
一方、重症COVID-19では、肺胞の障害に加えて、その周囲の微小血管の内皮障害・炎症・微小血栓などが目立つことが特徴です。
ただし、この2つを完全に分けて考えることはできません。
インフルエンザでも重症化すれば肺胞障害やARDSを起こしますし、新型コロナウイルスも気道上皮に感染します。
この図は「どちらが怖い」という比較ではなく、それぞれの病態の特徴を理解しやすく模式化したものです。
ここから「3つのワクチン」の意味が見えてきます
冬を迎える前に考えていただきたいのが、
① インフルエンザワクチン
② 新型コロナワクチン
③ 肺炎球菌ワクチン
です。
この3つは、すべて同じ「肺炎予防ワクチン」ではありません。
それぞれ役割が違います。
インフルエンザワクチン
インフルエンザの発症や重症化などのリスクを低下させることが期待されます。
さらにインフルエンザそのものを予防することは、インフルエンザ後に起こり得る二次性細菌性肺炎のリスクを考えるうえでも重要です。
新型コロナワクチン
COVID-19の発症や、特に重症化を防ぐことが大きな目的です。
新型コロナワクチンには複数の種類があり、これまでの接種歴や副反応、年齢、基礎疾患、本人の希望などを考えながら選択していくことになります。
肺炎球菌ワクチン
肺炎球菌による肺炎や侵襲性肺炎球菌感染症などを予防するためのワクチンです。
インフルエンザワクチンや新型コロナワクチンとは、守っている対象そのものが異なります。
したがって、
「インフルエンザワクチンを打ったから肺炎球菌ワクチンはいらない」
という関係ではありません。
心臓病や生活習慣病のある方はどう考えればよいでしょうか
当院には、高血圧、糖尿病、脂質異常症、冠動脈疾患、心不全などで通院されている患者さんが多くいらっしゃいます。
こうした患者さんでは、感染症そのものが身体への大きな負担となることがあります。
特に発熱、頻脈、低酸素、脱水、炎症などは心臓に負荷をかけます。
そのためワクチンについても、「全員に同じものを接種する」というより、
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年齢
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基礎疾患
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これまでのワクチン接種歴
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過去の副反応
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現在の体調
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本人の希望
などを考えながら、一人ひとりについて考えることが大切です。
「どのワクチンを打てばいいの?」もご相談ください
ワクチンについては、
「新型コロナワクチンはどれを選べばいい?」
「以前、副反応が強かったので心配」
「インフルエンザと新型コロナは一緒に接種して大丈夫?」
「自分は肺炎球菌ワクチンの対象?」
「以前肺炎球菌ワクチンを打ったけれど、次はどうすればいい?」
など、分かりにくいことも多いと思います。
ワクチンは感染症を100%防ぐものではありません。
一方で、発症や重症化、合併症などのリスクを低下させるための重要な選択肢です。
六町ハートクリニックでは、年齢や基礎疾患、これまでの接種歴などを確認しながら、必要なワクチンについて一緒に考えていきます。
気になる方は、診察の際にお気軽にご相談ください。
参考文献
1) Dee K, et al. Influenza A and Respiratory Syncytial Virus Trigger a Cellular Response That Blocks Severe Acute Respiratory Syndrome Virus 2 Infection in the Respiratory Tract. J Infect Dis. 2023 Jun 15;227(12):1396-1406.
2) Ackermann M, et al. Pulmonary Vascular Endothelialitis, Thrombosis, and Angiogenesis in Covid-19. N Engl J Med. 2020;383:120–128.
※掲載しているイラストは、これらの研究などで報告されている病態を患者さんに理解していただきやすいよう模式化したものです。インフルエンザとCOVID-19の病態を完全に二分するものではなく、いずれも重症化すると肺胞障害やARDSを起こすことがあります。

